沖縄の人々が守ってきたやんばるの森
沖縄島北部は古くから「やんばる」と呼ばれてきました。やんばるとは「山々と森が広がる地域」を意味し、その名の通り、国頭村、大宜味村、東村の三村にまたがって亜熱帯照葉樹林の森が広がっています。
このやんばるの森は日本全体の国土から見ると0.1%にも満たない面積ですが、ヤンバルクイナ、オキナワトゲネズミ、オキナワイシカワガエルといった固有種や絶滅危惧種など、ユニークで多種多様な生物の生息地です。
生物の多様性を育んでいるのが、温暖な気候と豊富な雨水です。黒潮や台風などの影響によって沖縄にもたらされる雨量は年間約2,000ミリ。島民の暮らしに影響を及ぼす台風も、豊かな自然環境には欠かせない要素なのです。
やんばるの森には、動物の食料となるどんぐりを実らせるイタジイの大木が生い茂り、水生生物の住処となる沢には森にろ過された清流があります。動植物が相互に影響し合いながら、調和のとれた生態系を維持しているのです。
この豊かな自然環境と生物の多様性が評価され、2021年には奄美大島、徳之島、西表島とともに世界自然遺産に登録されました。ちなみに、それぞれの島でしか見られない生物が生息しているのも特徴です。例えば最も絶滅の恐れがあるとされているイリオモテヤマネコは、西表島のみに生息しています。
各地域によって特性が異なりますが、東村観光推進協議会の小田晃久さんは、やんばるの森の特色を人との距離だと語ります。
小田:地理的に見て、人の住む場所とやんばるの森は非常に近くにあります。森には祈りの場がいくつかあり、近くに住む人たちは森そのものを神聖なものと考えています。
その一方で、昔から森の木を伐採して建材にしたり、炭をつくったりして生活の糧にもしてきました。いまでも森には、当時の炭焼き窯の跡が残されています。
やんばるの森は人の手が入った二次林ですが、沖縄の人たちが守ってきたからこそ豊かな森として受け継がれてきました。1429年から450年間続いた琉球王国の時代では、やんばるの森は国に管理され、勝手に木を切ることは禁じられてきたそうです。
琉球王朝時代の首里城も、やんばるの森から切り出された木材で造営されたといいます。当時、林業に携わっていた人々の様子は「国頭(くんじゃん)さばくい」という沖縄民謡に残され、いまも歌と踊りが受け継がれています。
また、人の暮らしと自然が近いからこそ、観光客も地域住民も自然環境への深い理解が欠かせません。
小田:やんばる地域ではこれまで、観光客を装って固有種や絶滅危惧種を持ち去る盗掘の被害に悩まされてきました。持ち去らないのは当然ですが、希少な動植物を見つけたときに、居場所をSNSなどでむやみに発信しないことも被害を防ぐために重要です。
カヌーでしかたどり着けない秘境を目指して
やんばるの自然を体感できるアクティビティーのひとつが、東村観光推進協議会が主催する「やんばるの森 秘境ツアー」です。
小田:カヌーで世界自然遺産エリアのやんばるの森に向かうこのツアーは、トレッキングを楽しむコースと、沢歩きを楽しむコースのふたつがあります。夏のおすすめは、涼しい渓流でシャワークライミングが楽しめる沢歩きのコースです。
所要時間は約3時間。定員は6名で、ツアーには安全講習を受けたガイドが1名同行します。
朝9時半に集合し、スタート地点となる福地ダムをカヌーで出発。ダム湖の奥に広がる世界自然遺産エリアの森に行くには水路しかなく、ツアーでしか立ち入りができません。
ツアーの最初にカヌーの漕ぎ方についてレクチャーがあるので、初心者でも安心です。高温多湿の沖縄において、風を切って湖面を進む清々しさは格別。
20分ほど漕いでいくとセミの大合唱に迎えられ、イタジイやヒカゲヘゴなど高さ10メートル級の樹木が生い茂る森に到着します。巨大な岩や切り立った崖が続き、そこはまるでジャングルの入口のよう。
小田:森のなかは岩場や傾斜も多くありますので、安全のために参加には10歳~65歳までの年齢制限を設けています。散策路のない自然のままの森を分け入って、水のなかに入ったり、岩をよじ登ったりするので、体力と相談しながら参加してください。
渓流に逆らい森の奥へ進んでいくと、木の幹にツルを巻きつけて咲くサクラランやシランなど、森を彩る夏の花々にも出会えます。シランは園芸用にも販売されていますが、野生のものは絶滅危惧種に指定されています。
小田:高い山がない沖縄本島においては、やんばるのように起伏のある土地はめずらしいです。森には滝や渓流が豊富で、水辺には沖縄や奄美でしか見ることのできないシリケンイモリやリュウキュウアユといった生き物が生息しています。
森の豊かさには歴史的な要因もあります。世界自然遺産エリアの約4割は、第二次世界大戦後、長らくアメリカ軍の管理下にあった「返還地」と呼ばれる場所。ツアーが行なわれる一帯は、返還地と東村村有林のちょうど境目にあたります。
返還地はこれまで、アメリカ軍の訓練場として使われており、2016年に日本に返還されるまで一般人が立ち入ることはできませんでした。そのため、結果的に人の手がほとんど入ることなくいまに受け継がれてきているのです。
天然のウォータースライダーを滑り、大自然と触れ合う
最初は恐る恐る進んでいた沢歩きも、慣れてくると水に入ることが楽しくなってきます。胸まで深さのある沢を渡り、倒木を乗り越えるたびに大自然に直に触れる楽しさを実感します。
とくに参加者を楽しませてくれるのが、澄んだ渓流。流れに身を任せて巨岩を滑り降りる体験は、まるで天然のウォータースライダーのよう。
ツアーのハイライトは滝つぼダイブ。最も高いところで5メートルもある滝から、滝つぼに向かって飛び込みます。チャレンジするかは参加者それぞれにお任せ、とのこと。勇気ある参加者たちの飛び込みを見ているだけでもスリリングです。
小田:思いっきり水遊びを楽しんだら、次は耳を澄ましてみてください。野鳥の鳴き声があちこちから聞こえます。やんばるの固有種で、飛べない鳥として知られるヤンバルクイナの「ケケケッ」という特徴的な鳴き声や、キツツキ科の固有種であるノグチゲラが小刻みに木を突くドリミングが聞こえることもあります。
注意深く足元や木の幹を観察すると、絶滅危惧種のリュウキュウヤマガメなどめずらしい生き物の姿が見られることもあります。
クマやシカなど大きな動物がいないやんばるの森は、野鳥や昆虫、爬虫類などが身を寄せ合って暮らす小さな生き物たちの楽園のようです。
やんばると同じく世界自然遺産に認定された徳之島も、多様な動植物の宝庫。特別保護区の森を歩くナイトツアーでは、夜行性の希少な動物たちと出会えるかもしれません。徳之島と奄美大島にしか生息しない固有種のアマミノクロウサギや、絶滅の恐れのあるケナガネズミなどが生息しています。
徳之島へは沖縄本島北部の本部からフェリーで行くことができるので、「やんばるの森 秘境ツアー」とあわせて体験してみてはいかがでしょうか。
東村観光推進協議会 |
住所:沖縄県国頭郡東村平良809-1電話番号:0980-51-2655URL:https://higashi-kanko.jp/hikyo/index.html |
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