World Natural Heritage in Japan 日本の世界自然遺産

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白神山地

白神山地と共に生きた写真家・江川正幸 100万点の作品が語る命の物語

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青森県と秋田県にまたがる世界自然遺産、白神山地。このブナの原生林をテーマに、約50年間で100万点もの写真を撮り続けた写真家、江川正幸さん。“生命誌写真家”として、人と自然の関係性をファインダー越しに見つめ続け、2022年に68歳で急逝しました。その遺志を継ぐ一般社団法人〈白神山地アートミュージアム〉代表・山下友宏さんが、江川さんが伝えたかった白神山地の真の姿について語ってくれました。

江川 正幸(えがわ・まさゆき)
写真家。1954年北海道仁木町に生まれ、小樽市に育つ。1972年、弘前大学農学部在学中、動物生態学を学ぶかたわら、自然生態写真の撮影を始める。1982年から国策の大規模林道建設による白神山地皆伐を止めるため尽力する。1990年に初めて、白神山地のクマゲラの生態写真と映像を撮り、国内外に配信される。1993年、白神山地は屋久島と共に、日本初の世界自然遺産に登録される。2022年9月、68歳で逝去。著書に『下北半島のサル』『ニホンカモシカ』『滅びゆく森・ブナ』『白神山地―ブナ原生林を行く』『日本の動物』『野生の動物の撮影法』ほか。

(写真提供:山下友宏)

山下 友宏(やました・ともひろ)
1974年長崎県生まれ。出版業に携わりながら、2023年6月に設立された一般社団法人〈白神山地アートミュージアム〉の初代代表を務める。江川正幸さんの作品および著作権を管理できる一般社団法人を組織することで継承し、写真展の開催や作品の普及活動を支える組織運営も行う。

“生命誌”写真家、江川正幸の生き方

50年に及ぶ写真家人生のなかで残した作品は、100万点。2018年には、ツキノワグマでありながら胸に白い斑紋がないというごく珍しい個体で、マタギたちが“山の神の使い”と呼ぶ「ミナグロ」の撮影に成功。江川正幸さんは、生涯をかけて白神山地と共にあり続けました。

「この動物を撮ると決めたら、まずは2年とか5年かけて調査する」――生前、北羽新報の取材で自らの撮影手法をこう語っています。

「どの動物も野生だから警戒心がある。何年もかけてつきあっていくうちに、少しずつ警戒心を解いてくれる。ただし、決して無理はしない。白神のクマゲラの撮影には、見つけてから10年ぐらいかけた」(2010年1月12日の北羽新報より)

無理をしても良い表情は絶対に撮れない、と江川さんは続けます。

「大切なのは動物との対話であり、自然との対話。人間とのつきあいと同じだと思う。それが写真に表れてくる」(同)

北海道の出身で、中学の修学旅行で、どこまでも続く八甲田の大樹海に魅了され、それが北海道では会うことのなかったブナ原生林だと知り、弘前大学に進学することに決めたという江川さん。人生の一大転機になりました。動物生態学を学びながら、1975年に雑誌『アニマ』(平凡社)にコオロギの写真を提供、プロの写真家としての活動を始めます。1981年に初の写真集『下北半島のサル』(岩崎書店)を出版。“生命誌”写真家としてのキャリアをスタートさせました。

江川さんと生前親交があった山下さんは、“生命誌”という言葉をこう解釈しています。

「江川さんが遺した言葉によれば、『多様な生物も人間の文化も、生まれ、存続し、死んだり消えたりしていく、その営みそのものを記録』したものが彼にとっての“生命誌”。それは、動物だけでなく、マタギ文化や伝統芸能なども含みます。人と自然の関わりそのものを愛し、探究し、共に生きようと努めた人でした」(山下さん)

写真家が見つめた、秋田県側の白神山地

江川さんは2008年、長年暮らした青森県から秋田県へ移住しました。理由は「秋田県側の白神山地をもっと深く知りたかった」から。

  • 白神山地・ブナ原生林、芽吹きの春。奥山のクマたちが守る水源の森。
  • 白神山地の滝は神として、祀られている。

    ここには、標高差による多様な植生、ツキノワグマや特別天然記念物のニホンカモシカ、天然記念物のクマゲラやイヌワシといった希少動物が生息する豊かな生態系があります。ただ、青森県側と秋田県側では、表情が異なると言います。

    「二県にまたがる白神山地の青森県側はマタギたちが奥まで入りこんで活動できる世界。一方、秋田県側は険しい地形が続くことから人を寄せ付けません。そこに独自の魅力があると江川さんは考えていました」(山下さん)

    「(秋田県側には)山のつながりに沿って民俗芸能など里山文化が残っている。人と自然との関わりが豊かで素晴らしいと思う。私の仕事は、観光パンフレットのような写真を撮ることではなく、人間を含めたドキュメンタリー。またとない場所です」(2010年1月11日の北羽新報より)

    8000年に及び生命が紡がれてきた森は、保護活動により今も守られている。

    山下さんによれば、そんな江川さんの視線は森や里山のさらに先、はるかな日本海にも注がれていたといいます。

    「白神山地の秋田県側の特徴は、ブナ原生林と、その下方500メートルに生き続けてきた天然秋田杉混交林も含まれていることです。その天然秋田杉は経済的な事情もあり、ほとんどが切り尽くされました。日本を代表する音楽家の成田為三を育んだ旧仁鮒(にぶな)小学校をはじめとして、秋田県旧二ツ井町(現・能代市)には、樹齢約350年もの天然秋田杉で住民が建てた小学校群が生き続けてきたことも大切なんです。江川さんは白神山地・ブナ原生林の恵みで生きた天然秋田杉で建った校舎群が、改修すれば樹齢と同じように生き続けることを知り、その保存と活用のためにも尽力してきました。さらに豊かなブナの原生林があるから、栄養をたっぷり含んだ水が日本海に注ぐ。だからこそプランクトンが増え、秋田県の県魚であるハタハタがたくさん獲れるのだ、と江川さんは話されていました。ブナの原生林がもたらす価値が分かっていたから、まだ白神山地が世界自然遺産じゃなかったころから森の保護と未来への継承について力を入れていたんです。白神山地は、ブナ原生林から海に至る生態系が世界自然遺産になっているということなんです」(山下さん)

    ブナ原生林と共に、江川さんが重要視した天然秋田杉。

    未来へ継ぐ意志 白神山地アートミュージアムの挑戦

    2022年9月8日、江川正幸さんは68歳でこの世を去りました。秋田県側で撮影した作品も含む白神山地全領域の大全である写真集を出したいと語っていた矢先のことでした。

    江川さんの急逝後、山下さんをはじめとする親交の深かった友人らが集まって、2023年6月に一般社団法人〈白神山地アートミュージアム〉を設立。現在、国内外で撮影された約100万点の江川さんの写真、映像、文章の整理を続けています。

    • 江川さんの作品をポストカードにしたり、額装するなどして伝えていく。江川さんの作品は「森のいきものテン おおやアート村 江川正幸展」でも鑑賞できる(2026年5月30日まで)。
    • ⽩神⼭地世界遺産登録30年記念 江川正幸写真展(岩⼿県奥州市⽔沢、蔵スタジオ鈴貞:2023年10⽉14-15⽇)。
    • ⽩神⼭地世界遺産登録30年記念 江川正幸写真展(岩⼿県奥州市⽔沢、蔵スタジオ鈴貞:2023年10⽉14-15⽇)。

      法人の趣旨は江川さんが伝えたい生き方そのものです。「秋田・青森両県に広がる世界自然遺産・白神山地を活動の場所として、人を含めたいのちのつながりとしての自然の保全を目的とし、調査・研究・実践を行なう。同時に、各自が自然と共に生きる歓びを芸術活動で表現し、各地域で継承されてきた伝統文化に学びながら未来に継承していくことを目的に活動を行う。これら2つの目的は、白神山地のフィールド自体をアートミュージアムと考え、芸術文化活動を通して広く国内外に普及を図り、人間を含めた多種多様な生きもの全体の幸福を実現していく」。

      秋田県側の白神山地は、奥山のブナ原生林と、その恵みで生き続けてきた、下方の天然秋田杉林の混交林もつながっています。そのなかで、天然秋田杉の木造校舎群の保存にも尽力してきました。江川さんは旧仁鮒小学校校舎での写真展にも強い思いを込めていました。

      旧仁鮒小学校体育館(江川さんが保存活用に尽力した樹齢約350年もの天然秋田杉で建った仁鮒小学校創立147周年)での写真展の様子。

      「江川さんの写真はNHKでもたびたび取り上げられ、白神山地のビジターセンターにも数多く採用されてきました。残されたネガフィルムの中には、未発表のものも数多くあるんです。これらを世に出せる形に整備したい。白神山地に住まう野生動物たちの表情や貴重な伝統文化に触れてもらえる拠点をつくれたら」

      そう語る山下さんには、叶えたいものがもう一つ。それが、「白神山地のエコツアー」です。

      かつて、写真家として約20カ国をまわっていた江川さんは、とくにオーストラリアの自然保護にまつわる教育プログラムやエコツアーに魅せられていたのだそう。

      「自然の観察会が毎週のように開かれ、きちんと学べるプログラムがあるオーストラリアを参考に、ぜひ白神山地でも同様のエコツアーを実施したいと企画されていました。なぜブナ林を残すべきなのか、人と自然がこれまでどう関わってきたのか、写真展やツアー体験を通じて未来に伝えていくことが、私たち『白神山地アートミュージアム』の使命だと感じています」(山下さん)

      白神山地の保護と継承に心血を注ぎ、「大人の無知によって未来を生きる子らの宝を奪ってはいけない」との想いから100万点もの命の写真を撮ってきた江川さん。

      100年後、いつしか白神山地の地形が変わり、生態系がうつりかわっても、かつてそこにあった命と人の思いをありのまま写した“生命誌”が、自然と共に生きる方法を伝え続けてくれるはずです。

      山下さんが選ぶ、白神山地をより深く知るための3タイトル

      『白神山地―ブナ原生林を行く』(江川正幸・著)
      1990年代初頭、世界遺産の登録前後の白神山地を収めた写真集。クマゲラやブナの巨木、航空写真などを収録。「白神山地のビジターセンターに飾られている写真の多くは、この写真集から抜粋したものです」

      『ハタハタ 荒海にかがやく命』(高久 至・著)
      秋田の海にやってくるハタハタを撮影した写真集。ダイバーである著者が捉えた豊かな生態系の記録。「江川さんはよく『白神山地と海はつながっている』と語っていました。まさにハタハタは豊かな海の象徴だったんです」

      「浜辺の歌」(林古渓・作詞/成田為三・作曲)
      秋田県北秋田市出身の作曲家・成田為三の代表曲。大正時代の日本の美しい情景と懐かしさを歌いあげている。「成田為三の母校は天然の秋田杉で作られており、江川さんはその校舎や文化の保存運動にも心血を注いでいました。白神山地は、ブナ原生林から海に至る生態系が世界自然遺産になったということを江川さんは伝えてきました。もちろん天然秋田杉の文化もそのなかに含まれます」

      ※この記事は2026年3月制作のものです。

      関連スポット

      七座(ななくら)山

      住所
      秋田県能代市二ツ井町
      電話番号
      0185-73-5075(特定非営利活動法人二ツ井町観光協会)
      URL
      https://common3.pref.akita.lg.jp/shirakami/locations/1196

      秋田県能代市にある、米代川にぐるりと囲まれた7つの山の総称。“街なかの霊峰”と呼ばれる。「天然秋田杉とブナの混合林が残る貴重な山林が残されています。天然秋田杉の雄大さを感じることができます」

      農家民宿 花みずき

      住所
      秋田県山本郡八峰町峰浜内荒巻字家の上41
      電話番号
      0185-76-3778
      URL
      http://www.junko-hanamizuki.com/index.html

      「江川さんがブナ林や十二湖のガイドをしていた際、拠点に選んだのがこの宿。白神山地の麓にある民宿で、自炊設備があり、檜風呂も併設。農業体験なども可能です。江川正幸さんの作品集も置いてあります」

      十二湖ビジターセンター

      住所
      青森県西津軽郡深浦町松神山国有林内
      電話番号
      0173-77-2138
      URL
      https://www.fukaurajyuniko.com

      白神山地内にある十二湖全体の模型や、十二湖付近に住む動植物に関する資料が展示されている。「江川さんはこの施設がある〈十二湖の森〉でもかつて展示をしています」

      ゲストハウスチャラ

      住所
      青森県弘前市青山2-8-2
      電話番号
      090-6628-1024
      URL
      http://spiral-up.org/ゲストハウス-チャラ-宿泊お申し込み/

      「弘前城に近く、青森空港や三内丸山遺跡などの観光スポットに近接するロケーションで人気のゲストハウス。オーナーは江川さんと交流があり、彼の著作が数多くそろっています。こちらにも江川正幸さんの作品集が置いてあります」

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