World Natural Heritage in Japan 日本の世界自然遺産

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    白神山地

    白神山地の森と生きる マタギの伝統をたずねる

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    どこまでも続く天然のブナの森に、たくさんの生き物たちが暮らすことから“遺伝子の貯蔵庫”とも呼ばれる白神山地。この地で、千年以上にわたって命と寄り添いながら生きてきたのが“目屋(めや)マタギ”と呼ばれる人たちです。美しくも過酷な白神の森に生き、狩猟と採集を中心とするユニークな文化、そしていにしえの知恵を今に伝えつづけるマタギの暮らしに迫ります。

    目屋マタギとともに“生命の宝庫”をゆく

    日本初の世界自然遺産である白神山地。古代と変わらぬ光景が広がる。

    青森県と秋田県をまたいだ山間部に位置する白神山地。地形の起伏が大きく、過酷な環境だったことから伐採を免れ、8000年前と変わらない姿を今に残す秘境の地です。
    東アジア最大とされる面積は、約13万ヘクタール。いわば東京都(21万ヘクタール)の半分ほどの面積にブナの木々がしげり、特別天然記念物であるニホンカモシカや絶滅危惧種のイヌワシなど多くの命が息づいています。
    こうした希少性が評価され、白神山地は1993年、鹿児島県・屋久島とともに日本で初めての世界自然遺産になりました。

    大きなクマを仕留めた工藤茂樹さん。

    ここに、平安時代からの長きにわたって独自の文化をはぐくんできたマタギたちが暮らしています。
    「マタギとは、厳しい掟を守りながら狩猟を行う人びとのこと。白神を狩りの場とする私たちは目屋マタギと呼ばれています。私自身も物心ついた頃から森を歩き、大人の背を追って、狩りや保存食の作り方といった知恵を学んできました」
    こう話すのは、代々つづくマタギの家に生まれ、文化を継承する工藤茂樹さんです。昔ながらの生活をするマタギの数が減りつづける今、独自の伝統を後世へ残そうと結成された「白神マタギ舎」にて、ツアーガイドとしても活躍中です。

    • 樹上に巣を作るクマタカ。森林内でのハンティングが得意で、止まり木でじっと獲物を狙う姿も見られる。
    • 白神山地に生息するニホンザル。青森県の下北半島に生息するサルは「北限のサル」(国天然記念物)と呼ばれている。
    • 紫色のキクザキイチゲの八重咲き品種。春には小さな花がところどころに咲き始める。

      「クマ狩り」から始まる一年

      白神山地の森の中を闊歩するクマ。

      白神山地での狩りの対象は、ノウサギやヤマドリ、タヌキ、アナグマなどさまざま。なかでも命がけで獲るというのがツキノワグマです。4月下旬〜5月上旬に行われるこの「クマ狩り」こそ、マタギたちの春の大仕事です。
      「昔からクマの肉、毛皮、そして胆のうは非常に重宝されました。とくに胆のうは、今でも漢方薬として有名ですが、昔から『熊の胆(くまのい)は金と同じくらいの価値』といわれて珍重されてきたんです」
      冬眠で絶食していたクマの胆のうには胆汁がたっぷりと溜まり、毛皮も冬毛でふかふか。だからこそ春先のクマはもっとも価値がありました。
      「クマを獲ったら、山の神からの授かりものとして感謝を捧げ、解体します。私たちは、自分たちが山で生きるために心を鬼にして生命を奪うことの繰り返し。だから『又鬼(マタギ)』です。ゆえに、動物を仕留めることを『授かる』といい、授かった命はありがたく残さず全ていただきます」

      ツアーガイドも務める工藤さん。白神の自然を知り尽くしている。

      クマ狩りが終われば、山菜採りのシーズンへ。昔は、あらかじめ切って保存していた木材を雪解け水の川に浮かべて流し、下流で薪として売ったり、川魚を獲ったりして、さらに大忙しだったとか。
      「今は近くにダムができた影響で魚の姿も少なくなってしまいましたが、かつてはサクラマスやアユ、イワナがたくさん川を遡上していました。これらを来たる冬の保存食にしようと塩漬けをつくる作業にも精を出していたようです」
      夏になれば焼いた炭を売り、お盆の準備をしました。秋はキノコ採りをして、狩猟もスタート。冬は再び炭焼きをして、天気がよければ猟に出るーーこれが、昔ながらのマタギの一年でした。

      • 「白神マタギ舎」が森で撮影したクマ。ハイキングの際は安全に十分注意を。
      • マタギが雪山を歩くときに使用する伝統の道具、カンジキ。
      • 「白神マタギ舎」の工藤さんらマタギが猟のときに使用するマタギ小屋。

        森の大ベテランが語る白神の春夏秋冬

        美しい小川が流れるエリアも。初夏から晩秋にかけての5〜10月がおすすめシーズン。

        60年以上にわたって森を歩いてきた工藤さんは、白神山地の四季の美しさをこう語ります。
        「この地の魅力は、やはりなんといっても天然のブナ林です。春は、黄緑の新芽だけでなく、赤、黄色、ピンクなど紅葉のように葉が色づくことから、“春紅葉”とも呼ばれるんですよ」
        陽気にさそわれるように動物の動きも活発になり、森はみるみるにぎやかに。「さっきも林道でニホンカモシカの親子を見かけました」とほほえむ工藤さんです。
        夏には樹々が大地の栄養をたっぷりと吸い上げて緑を輝かせ、やがてイエロー、オレンジ、ゴールドの落ち葉へと変わり、静かな冬が訪れます。
        「冬季の気温はマイナス15度以下になり、雪にけむる水墨画の世界があらわれます。氷が枝にこんもりとついて花のように見える様子もそれはそれは美しいですよ」

        冬化粧の白神山地。

        また、白神山地は地質が脆く、浸食、風化をへてできた、大きく迫力ある滝が数多くあります。なかでも白神随一の名所とされるのが、3つの滝で構成された暗門の滝。瀑布はもちろん、まわりの渓谷も見ごたえがあるといいます。
        一方、雄大な大パノラマを楽しむなら、白神山地の主峰である白神岳(標高1,235m)へ。季節によっては見事な花畑が広がり、古くから津軽を代表する霊峰として親しまれてきた、登山客にも人気の山です。

        • 秋の白神山地の様子。木々が紅葉して美しく、ハイキングに訪れる人も多い。
        • 春の白神山地。森の中でたくさんの新しい生命が誕生する。
        • 冬に姿を見せるガンは、翼を広げると1mを超える大型の水鳥。白神山地にはさまざまな動物が棲息している。

          マタギの暮らしを体感できるエコツアー

          白神マタギ舎のツアー中、滝の前での一枚。白神山地の自然を存分に堪能できる。

          春夏秋冬でがらりと表情を変える神秘的な森の中を、マタギさんとともに歩いてみたい。そんな希望を叶えてくれるのが「白神マタギ舎」によるエコツアーです。
          「美しいブナの巨木や、マザーツリーのある津軽峠を訪れたり、滝のある涼しい水辺を歩いたり、マタギ小屋を見学したり、白神岳の本格登山に挑戦したりとさまざまなツアーを催行しています。白神山地はとにかく広く、移動にも多くの時間がかかるため、あらかじめしっかりと計画を立てて臨むのが旅を充実させるコツです」

          美しく輝く青池や十二湖は、白神山地の中でも人気の観光スポット。

          ブルーに輝く青池や十二湖を見たいときは日本海側に、広大なブナ林を満喫するなら、工藤さんたちが暮らす西目屋(にしめや)村のエリアを行くのがおすすめです。
          森を見つめることは、地球を、果ては宇宙を見つめること。大自然と長く共生してきたマタギの姿から、きっと多くのことを学べるはずです。

          • 「白神マタギ舎」の冬のツアーの様子。雪景色の白神で雄大な自然を満喫できる。
          • たくさんの地衣類を身にまとった太い木の幹から感じられる長い歴史。静かな森を歩いていると気持ちが癒やされる。
          • 新緑の白神山地と十二湖。

            秋田県の森吉山で活動する阿仁マタギ

            阿仁マタギの里の中心、森吉山。春を迎え花が咲き始めている様子。

            秋田県のマタギといえば、阿仁マタギが全国的に有名です。白神山地からほど近い秋田県北部の阿仁地方の森吉山(もりよしざん)エリアは、阿仁マタギの里とも呼ばれています。彼らは地元だけでなく、各地へ出向いて狩りをする“旅マタギ”でもあり、旅先に定住して狩猟の技術や伝統を広めてきたという歴史もあります。
            2004年に阿仁マタギをモデルにした長編小説『邂逅の森』(作・熊谷達也)が山本周五郎賞と直木賞を受賞したことも、阿仁マタギが知られるようになった出来事でした。白神山地の目屋マタギとの違いを、まずは読書で感じてみるのも良いかもしれません。

            • 田んぼや木々に囲まれてぽつんと佇む阿仁マタギ駅の無人駅舎。
            • 山の神が宿るといわれる森吉山は、美しい樹氷でも知られている。森吉山阿仁スキー場では、毎年1~3月頃鑑賞できる。

              取材協力

              白神マタギ舎

              住所
              青森県中津軽郡西目屋村田代字神田104-36
              電話番号
              0172-85-2628
              URL
              https://matagisha.sakura.ne.jp/home.html

              マタギの伝統的な生活文化の保存・伝承を目的として、2000年に目屋マタギが中心となり設立。滞在型のガイド付きトレッキングツアーなどを提供。地図にのらない道をいく「マタギ道コース」、トレッキング後に地元温泉宿などに泊まり、スタッフと一緒に家庭料理を作れる「西目屋村に宿泊コース」など多彩。

              関連スポット

              道の駅「津軽白神/ビーチにしめや」

              住所
              青森県中津軽郡西目屋村大字田代字神田219-1
              電話番号
              0172-85-2855
              URL
              https://www.tsugaru-shirakami.com/

              弘前市から車で30分、岩木山の南麓にある西目屋村の道の駅。クマが新たな村の特産品になっており、道の駅が西目屋村とともに「クマカレー」「クマ丼」といった白神ジビエシリーズを開発。クマ肉ならではの力強い旨味を味わえるおみやげに。インフォメーションセンターやコーヒーの焙煎舎、アウトドアショップなども併設。

              西目屋村中央公民館「奥目屋風土回廊」

              住所
              青森県中津軽郡西目屋村大字田代字稲元143番地(西目屋村教育委員会)
              電話番号
              0172-85-2858
              URL
              https://www.nishimeya.jp/sonseijoho/nishimeyamuranogaiyo/2/305.html

              マタギのルーツや歴史に触れるなら、「奥目屋風土回廊」へ。中央公民館の1階には、白神山地に守られた山村の暮らしが学べるコーナーがあり、かつて砂川学習館(旧・砂子瀬小学校)に保存・展示されていた貴重な民具や写真の一部が移設展示されている。

              秘境の宿 打当(うっとう)温泉 マタギの湯

              住所
              秋田県北秋田市阿仁打当字仙北渡道上ミ 67
              電話番号
              0186-84-2612
              URL
              http://www.mataginoyu.com/

              東北に生きるマタギたちの源流である阿仁マタギの里、秋田県の阿仁地方にある宿。多種多様な山菜を使った田舎料理や、熊、鹿、ウサギといったジビエのごちそうをいただいて、マタギの方々も疲れや傷を癒やしてきた打当温泉を堪能しよう。阿仁マタギの仕事や生活を感じることができる。

              マタギ資料館

              住所
              秋田県北秋田市阿仁打当字仙北渡道上ミ 67
              電話番号
              0186-84-2612(秘境の宿 打当温泉 マタギの湯)
              URL
              https://www.city.kitaakita.akita.jp/archive/contents-6026

              温泉宿「マタギの湯」の館中に併設された資料館。マタギたちが使用した珍しい狩りの道具や衣装などが数多く展示されている。狩りをして授かった動物たちの剥製からは森のリアルな生態系を感じられる一面も。厳しい規律と山の掟を守りながら、自然と共に生きたマタギの知恵と文化にきっと驚かされるはず。

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