World Natural Heritage in Japan 日本の世界自然遺産

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白神山地

黄金色のブナ林を歩く、秋の白神山地ハイキング

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8,000年前から変わらないブナ林

白神山地は、日本の北部・青森県と秋田県にまたがる山岳地帯の総称です。総面積は約130,000ヘクタールにおよび、その一帯に東アジア最大のブナの原生的な森が広がっています。

約8,000年前に誕生したといわれるこのブナ林は、一度も伐採や開発されることなく今日まで原始の姿を保ってきました。人の手が加わっていない自然の森には、カモシカやツキノワグマといった大型の哺乳類や、希少なクマゲラやイヌワシなど80種以上の鳥類が生息し、豊かな生態系をつくっています。

こうした貴重な自然環境が評価され、白神山地のなかでもとくに原始の自然が色濃く残るエリア(16,971ヘクタール)が、1993年に世界自然遺産に登録されました。

 

秋田白神ガイド協会でガイドを務める菅沼慶太さんは、白神山地の魅力を「あたり前の自然がいまもあること」だと言います。

 

菅沼:ブナは、北日本では決してめずらしい木ではありませんでした。かつては白神山地と同じようなブナの森が日本のあちこちに、あたり前の風景として存在していたはずです。それが開発によって伐採され、建材として使うためのスギの人工林に置き換えられていきました。

 

日本は国土の約3分の2が森林地帯です。そのうち、約40パーセントが人工林。残りの天然林もほぼ人の手が加わっているため、手つかずの原生林と呼べるエリアがまとまって残っているのはとても貴重です。

白神山地の森を形成するブナを主体とした落葉広葉樹は、冬になるといっせいに葉を落とすため、四季折々の樹木の変化もはっきりしています。

 

菅沼:白神山地では10月上旬から11月初旬にかけてブナの紅葉が見られます。葉が緑色から黄色、茶色、こげ茶色と移り変わる様子はじつに見事です。

菅沼:紅葉のピークは毎年10月下旬。そのうちの数日は、ブナ林全体が輝くような黄金色に見えるほど色鮮やかです。

ハイキングの前に知っておきたい、白神山地の地域区分について

白神山地を訪れる前に、知っておきたいのが生態系を守るために設けられている地域区分です。世界自然遺産エリアは、10,139ヘクタールの核心地域(コアゾーン)と、それを取り囲む6,832ヘクタールの緩衝地域(バッファゾーン)に分けられています。

 

菅沼:白神山地の価値は、原始の森が手つかずの状態で残っていることです。その森を残していくために、とくに核心地域は入山が厳しく制限されています。

 

世界自然遺産エリアの南部・秋田県側からは、学術調査など一部を除いて一般に入山できるルートはありません。北部である青森県側からは指定のルートに限り入山できますが、森林管理署あてに事前の入山手続き(日本語のみ対応)が必要です。

 

一般的に入山することのできる遺産地域としては、二ツ森、暗門の滝、白神岳登山口など入山口がいくつかあり、登山やハイキングを楽しめます。

 

標高1,235メートルの白神岳を登るコースは、場所によって急こう配や傾斜もあり、本格的な登山路。片道1時間ほどの軽登山が楽しめる二ツ森の場合でも標高は1,086メートルあり、トレッキング用のシューズや雨具などの装備があるといいでしょう。

世界自然遺産エリアのなかは登山の難易度も高く、沢登りや草などをかき分けて進む藪こぎが必要となる場面もあるので、登山ルートを確認し、経験者やガイドとともに入山することも考えましょう。

また、各登山口の周辺には売店や飲食店が少ないので、あらかじめお弁当を準備するなどして、ゴミはすべて持ち帰りましょう。

 

ちなみに、緩衝地域の外側にもブナ林は広がっており、33の湖沼が点在する「十二湖」や、歩道が整備された岳岱自然観察教育林にある樹齢400年のブナの巨木など、有名な観光スポットが点在しています。緩衝地域や核心地域と同じ自然が見られますが、こちらのほうが歩きやすく整備されたコースが多いので、気軽にハイキングを楽しみたい人におすすめです。

黄金色に染まったブナ林でハイキング

白神山地では、標高1,250メートルの向白神岳をはじめ、標高1,000メートル前後の比較的低い山々が連なっています。山に登ればブナ林一帯に広がる紅葉を見わたすことができますが、菅沼さんのおすすめは、紅葉のなかでのハイキング。

 

秋のブナ林に入っていくと、まずその明るさに驚きます。ブナは枝をさまざまな方向に伸ばすので、本来は直射日光がさえぎられてしまうもの。しかし紅葉の一番きれいな時期は、黄金色に染まった鮮やかなブナの葉が、あたり一面に広がってまぶしいほどです。

ブナのほかには、ドングリの実をつけるミズナラ、小さな葉が向かい合うようにして生えるサワグルミ、樹液が塗料として用いられているウルシなどが見られます。とくにウルシの葉は赤く染まるので、ブナ林のなかでも目を引きます。

菅沼:白神山地の紅葉シーズンは長く、9月下旬から11月初旬まで続きます。標高600メートルから700メートルの場所だと、10月上旬にまずウルシの葉が赤く色づき、その後、10月下旬にブナの紅葉がピークを迎えます。

 

11月、葉が落ちたブナ林は、薄灰色の幹や枝が銀色に見えることから「銀細工の森」と呼ばれています。落葉後のブナ林からは、葉が生い茂る時期とは違う、この季節だけの景色を発見できるでしょう。

 

白神山地のある秋田県と青森県は、日本国内でも寒さの厳しい地域。10月の平均気温は13度です。11月中旬をすぎると雪が降ることもあるので、ハイキングには脱ぎ着できる薄手のダウンがあると安心です。

さまざまな動植物を支えるブナ林の腐葉土

ブナ林のハイキングでは、空を覆うような紅葉だけでなく、足もとに隠れている自然にも注目してみましょう。

菅沼:ブナの葉の表面は、雨を受け止めるように空に向いて生えています。ブナの葉が受け止めた雨は枝や幹をつたって、葉や枝に付着したさまざまな物質とともに地面に流れ落ち、根元へと水分を届ける。これを樹幹流といいます。そして地面に葉が落ちると、土にいる生物によって分解されて水分とミネラルを多く含む腐葉土となるんです。

 

白神山地では1ヘクタールに毎年約3トンもの枯葉が落ちるといわれており、積もった落ち葉が腐葉土として堆積しています。

 

菅沼:私は、腐葉土が白神山地の宝だと思っています。「靴底の下に100万の生き物がいる」と言われるほど、腐葉土は白神山地の生態系を支える存在です。腐葉土は雨水や雪解け水を蓄えてろ過します。その水が川や沢に流れ込み、魚や動植物を育む基礎となるのです。

堆積した腐葉土

腐葉土で濾過された沢の水は、透き通るようにきれいです。水面を覗くと、水底に落葉したブナの葉が沈んでいるのもよく見えます。

 

菅沼:湿度の高い森にはきのこや山菜がよく育ちます。ブナの倒木を見てみると、日本人に親しまれている伝統的な家庭料理・味噌汁の具材としてよく使われる、ナメコが自生しているのが見つけられるでしょう。昔からこの地域で暮らす人たちの食料になってきました。

もともとこの地域に暮らしてきた人たちは、白神山地を「おらほの山(私たちの山)」と呼んできたといいます。それは地域の人たちにとって、白神山地が暮らしに必要な場所だったということ。日常的に山に入り、山菜やきのこを摘み、クマなど野生動物の狩猟を生活の糧にしてきました。

 

菅沼:人の暮らしが森の恵みに支えられてきた歴史があるからこそ、白神山地は開発されることなく、原始の状態を今日まで維持することができたのだと思います。

 

さらに足もとをよく見ると、枯葉にまぎれるように1センチくらいの大きさのブナの実があちこちに落ちているのに気づくでしょう。

 

菅沼:ブナの実は栄養価が高く、森の動物たちの大好物です。人間が食べても問題なく、殻をむいて口に入れてみるとクルミのような味がします。

菅沼:ブナの実はだいたい5年から7年おきに豊作と凶作を繰り返すといわれています。ブナが豊作だと森の動物たちの食糧が増えるのでよく繁殖しますが、凶作の年はそうはいきません。豊作と凶作を繰り返すことで、森の動物の数を一定に保っているのではないか、とも思えます。

 

ちなみに、ブナの実を好む動物の代表格はクマです。世界自然遺産エリアではクマに遭遇する可能性もあるので、クマ避けの鈴を鳴らしたり、一緒に歩く仲間たちとおしゃべりしたりしながら歩くことをおすすめします。クマが近寄りにくくなります。

手つかずの自然を、手つかずのまま残す

白神山地が現在の生態系になった約8,000年前は、この地域に狩猟や採集の文化が生まれた時代と重なります。白神山地が、当時の人たちの暮らしの基礎を支える存在だったことが想像できます。

 

秋田白神ガイド協会では、ガイドウォークの開催、環境保全活動などを行っています。

 

菅沼:学校の授業の一環で見学に来る子どもたちに向けて、白神山地の解説をすることもありますが、言葉ではこの自然の魅力はなかなか伝わりません。できるだけ森に入って、鳥の声や腐葉土の感触、植物の匂いなどを感じてもらうことで、魅力が伝わればと思っています。

菅沼さんは白神山地の自然を守るために観光客ができることとして、「まず白神山地について知ってほしい」と言います。

 

菅沼:世界自然遺産エリアの環境を守るために、核心地域に入って生態系の調査やパトロールをすることもあります。手つかずの森を次の世代に残すため、なぜ白神山地は世界遺産に登録され、大切な森とされているのか、実際に見て、感じてもらいたいです。

 

約8,000年前に誕生した白神山地が原始の状態で残っているということは、かつてこの地域にいた古代の日本人も、いま私たちが見るブナ林の紅葉と同じ景色を見ていたのかもしれません。

アオーネ白神十二湖
住所:
青森県西津軽郡深浦町大字松神字下浜松14
電話番号:
0173-77-3311
URL:
https://shirakami-jyuniko.jp/guide/
秋田白神ガイド協会
住所:
秋田県山本郡藤里町藤琴字大関添6-1
電話番号:
0185-79-2518
URL:
https://akita-shirakami-guide.jimdofree.com/
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