ブナ原生林が育んだ美しい沢を歩く
世界最大級の原生的なブナ林が分布する白神山地。ブナは「天然のダム」と呼ばれるほど保水力の高い樹木と言われ、樹齢200年のブナ1本が1年間に蓄える水の量は約8t。ブナの森から湧き出た水が沢となって白神山地の大地を潤し、そこに生きる動植物や人々の生活を支えているのです。
白神山地に流れるたくさんの沢のいくつかでは、ブナの森が育んだ清冽な水のなかをジャブジャブと歩く「沢歩き」ツアーが実施されています。沢のなかから見るブナ林の景観に感動したり、冷たく透き通った美しい水に驚いたり、そこに生きる動植物を発見したり。ツアーに参加すれば、「沢歩き」だからこそ体感できる白神山地の神秘に出会えるはずです。
白神山地のリピーターに人気のアクティビティー「沢歩き」
白神山地の南部を流れる「水沢川」は、「沢歩き」ツアーを体験できる川のひとつ。ここでツアーを実施しているのは、白神山地の保護や保全活動、トレッキングガイドなどを通してその魅力を発信している「白神コミュニケーションズ」です。ツアーガイド・写真家でもある後藤千春さんが代表を務めています。
白神山地を楽しむツアーのなかでも「沢歩き」は、リピーターの旅行者も多いそう。
後藤:世界遺産登録地域(核心地域)の森を山頂から見下ろす登山ツアーや、樹齢400年のブナの巨木を目指すツアーなどを楽しんだ後、「また違った白神山地の魅力に触れたい」と参加を希望する方も多いです。少し上級者向けのツアーだともいえますが、一般的な登山やトレッキングの経験があれば問題ありません。
人気の季節は6月から9月。照りつける陽光を全身に浴びながら、ひんやりとした水に足を濡らし、ゆったり、のんびり沢を歩くのは気持ちのいいものです。
ツアーの定員は10名程度ですが、1~3名での実施も可能。白神山地の北側(青森県側)、南側(秋田県側)のいくつかのポイントで「沢歩き」は実施されていますが、白神コミュニケーションズ代表の後藤さんいわく、「水沢川はなんといっても水がきれいで、日差しが燦々と降り注ぐ明るい川を歩けるのが魅力」とのこと。
後藤:世界遺産登録地域(核心地域)に立ち入ることはできませんが、沢歩きをとおして、植物、動物、そして私たち人間が、原生的なブナ林が育んだ水によって生かされていることを体感できると思います。
沢のなかで泳いだり、岩の上でお昼寝したり、自然との一体感を楽しむ
それでは、さっそく沢歩きに同行してみましょう。水しぶきが跳ねる渓流を歩くので、動きやすく速乾性の高いウェアは必須です。渓流用シューズがなければ靴紐タイプの軽量スニーカーでも問題ありません。
白神コミュニケーションズでは、靴用の滑り止め、手袋、ヘルメットをレンタルすることができますが、それ以外は各自で用意しておきましょう。道具以外に必要なのは、「思い切り楽しもう」という心構えだけ。入渓地点まではガイドさんとともにクルマで向かい、いざ沢へ。
見渡す限りの美しいブナ林に、期待感は否が応でも高まります。スーッ、ハーッ。大きく深呼吸をして森の空気を吸い込んだら、いよいよ出発のとき。ここから沢を2~3km、それぞれのペースに合わせて、3~5時間かけて歩いて行きます。
ブナ原生林に囲まれた沢のなかを歩くという非日常的な体験。その道中では、直径3mはあろうかという巨大な岩に道を阻まれることもあります。今回はよじ登って進んでいきましたが、濡れた岩は滑りやすいので、焦らず、慎重に。
後藤:ルート選びや足の置き方など、常に頭を使いながら進んでいくのも沢歩きの醍醐味で、そこで大切になるのがポジティブシンキング。「仕方ない」とルートを変更することも貴重な経験として楽しんでしまいましょう。
水沢川ツアーは沢を歩き、遊び、学ぶことを目的にしているので、危険な滝を登るなどのハードなアクティビティーはありませんが、水深が深いポイントで泳いだり、沢に鎮座する岩の上でお昼寝したり、自然との一体感を楽しめます。
白神山地と共存する「マタギ」の暮らしから自然を学ぶ
アクティブにも、穏やかにも時間を過ごせる沢歩きツアーでは、白神山地の魅力を存分に堪能できるのはもちろん、「自然」や「人間」についてのさまざまな学びを得ることもできます。
後藤:たとえば、ブナの木々の表面に彫られた「水」という漢字。これは、かつてこの地で動物を狩猟するなどして生活を営んでいた「マタギ」と呼ばれる山人たちが彫ったもので、近くに湧き水があることを示しています。
後藤:ブナ原生林のなかに簡易な狩猟小屋をつくり、そこで寝泊まりしながら山からの恵みを授かっていたマタギは、生活に必要なもののすべてを自然から調達していました。
小屋の材料はサワグルミの木、トイレットペーパーはヤマブドウの若葉。これらは山から調達したものです。靴の滑り止めに使ったという荒縄は稲わらを活用してつくっていました。
また、ブナ原生林は生き物たちの宝庫。沢歩きツアー中にツキノワグマやカモシカ、イヌワシなどの大型動物が現われることは滅多にありませんが、カワガラスやセキレイなどの鳥が姿を現してくれます。
沢で出会う水生生物は、イワナ、クロサンショウウオ、そしてそれらの餌となるカゲロウやカワゲラなど。ほとんど人が立ち入らないブナ原生林のなかでの生き物との出会いに、自然の尊さを感じます。
後藤:「白神コミュニケーションズ」では、白神山地の保全活動の一環として、子ども向けに「白神体験塾」を実施しています。
子どもたちが、沢歩きや登山などの体験を通じて白神山地の自然に直接触れることが、この地に生きる動植物との共生や貴重な自然環境を保護することにつながると考えています。
近年では、観光客によって人里の植物が持ち込まれたことで、本来この地に生息していない植物の繁殖も確認されています。野生動物への餌付けも生態系を崩す要因となるので、白神山地の豊かな自然を保護するために、控えるようにしてください。
沢歩きの後に食べる「山ゴハン」は格別の体験
「沢歩き」に明確なゴールはなく、ツアーの参加人数や時間、天候などその時々の状況によって臨機応変に決定されます。
ツアー参加者の多くが楽しみにしているのが、沢歩き後に山のなかで食べる「山ゴハン」。初夏は山菜を採りながら沢を歩き、調理してランチの一品にすることもあるそうで、一番人気は山菜の天ぷらとのこと。
後藤:採り立ての新鮮な山菜でつくる天ぷらは格別においしく、この「山ゴハン」を楽しみに毎年参加してくれるお客さんもいるんですよ。
肌寒くなる秋には、お米でつくった餅を杉の棒に巻き付けて焼いた秋田県の郷土料理「きりたんぽ」と「野菜」を、鶏がらのスープで煮込んだ「きりたんぽ鍋」が大好評。登山ガイドが真心を込めて調理してくれます。
隠し味は、沢を歩き通した充実感と達成感。大自然のなかでおいしい「山ゴハン」に舌鼓を打ったら、「沢歩き」ツアーが無事終了です。
出発前は「危なくないかな」と幾ばくかの不安を抱えている参加者も多いそうですが、「帰ってくると皆さん、口を揃えて『楽しかった』『童心に帰れた』と笑顔で話してくれます」と後藤さんは言います。
人為の及ばない、原生の自然が残された白神山地を歩く「冒険」に参加して、その圧倒的な美しさと感動を体感してみてはいかがでしょう。
一般社団法人 白神コミュニケーションズ |
住所:秋田県能代市元町9-3電話番号:0185-88-8220URL:https://www.shirakamicc.com/ |
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白神山地ガイド会 |
住所:青森県弘前市藤代1-12-1電話番号:0172-55-0090URL:http://shirakami-guide.com/ |